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大阪府(粉もの府)の県名とその他の地名の由来

大阪府

地名も商人魂から?縁起のいい漢字に変更。
「大阪」という現在の字で書くようになったのは明治10年(1877年)頃からで、それまでは「大坂」と書かれていました。由来には、南北に延びる坂があったことから「大きな坂のある町」と考える説と、低湿地を表す「スカ」から「大きな低湿地帯」という意味で名づけられたとする説があります。

 

「坂」の字には「土に還る=消滅する」といった意味があり、「盛ん」、「多い」などの意味があるこざとへんの「阪」の字に変えたというのも、大阪商人らしいエピソードといえるかもしれませんね。

 

ポンポン山

漫画みたいな地名の由来は音が鳴るから、山号から?
ポンポン山と初めて聞くと冗談のような地名ですが、これは通称などではなく、国土地理院発行の地図にもこの名で載っています。京都市と大阪府は高槻市の境の老ノ坂山地にあり、老若男女問わずハイキングコースとしても人気です。

 

さて、ではなぜここが「ポンポン山」などと呼ばれるようになったのか、というとこれも諸説あります。まずは「山頂付近でシコをふむとポンポンという音が鳴る」から、というもの。山頂の下が空洞になっているから、ということだそうです。また、ポンポン山にある「神峰山寺」の山号「根本山(こんぽんさん)」が転じた、との説も有力です。

 

道頓堀

大阪の繁華街に残る「道頓さん」の偉業。
大阪市の木津川と東横堀川を結ぶ、大阪の繁華街を流れる運河、あるいは中央区の町名です。この名は1612年に豊臣家臣下の「安井道頓」らが私財を投じ水路の工事を開始したことに由来しています。

 

道頓は1615年の大坂夏の陣にて命を落としますが、従兄弟の安井道卜らが後を継ぎました。水路が完成するまでは新堀・南堀川・新川などと呼ばれていたのですが、工事が終わると道頓の偉業を称えて、当時の大坂城城主松平忠明が「道頓堀」と命名したのがゆえんとなっています。ちなみに、近くの心斎橋も「心斎さん」がつくったからその名なのになっています。

 

放出

放出したのは水か剣か、古代から伝わる難読地名。
放出と書いて「はなてん」という読み方は、難読地名として非常に有名で、「はなちでん」、「はなちで」、「はなちいで」がいつの間にか訛ったからだと言われています。

 

その由来には二つの有力な説があります。この地は、河内湖の湖水が旧大和川や寝屋川に注ぎ込み、旧淀川(現在の大川である)と合流する地点にありました。

 

旧大和川は氾はん濫らんが多く、水門を作って水量を調節し、水を放ち出たという。もう一つは、草薙(くさなぎ)の剣を奪い、逃げようとした盗賊の船が難破したために、神の怒りを恐れて剣を放ち出たとする説。いずれにしても、「放出」の由来は古代にまでさかのぼるものなのです。