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大阪府(粉もの府)

1980年代、意外にも大阪市内には1億円以上するマンション、いわゆる億ションというものがありませんでした。その理由として挙げられるのは大阪で経済を営む多くの人が関西屈指の高級住宅地として知られる芦屋や西宮など兵庫県に住んでいたからです。

 

しかし、今考えても大阪は大都市でありながらすばらしい庶民のエネルギーの街である一方、都市の指導的な人たちのほとんどが大阪市内に住んでいないというのは、やはりどこかアンバランスな感じがします。

 

いまの大阪城の位置は、仁徳天皇らの都のあとで、飛鳥時代や奈良時代にも皇居が営まれていました。そのころは、現在、住友銀行の本店がある北浜高麗橋のあたりが港で、海に近い台地の上に宮殿があり、南へ下がると四天王寺、さらに南には大きな墳墓がそびえるというダイナミックな景観をみせていたのです。

 

しかし、平安時代になって遣唐使が廃止になり、内向きの国政になると、大阪は海外からの玄関口としての機能をなくしていきました。この地が再び脚光を浴びるのは、十六世紀になって石山本願寺がここに営まれたとき。そして、1583年に、豊臣秀吉が大坂城を築いたことで近代の大阪の歴史が始まったのです。豊臣秀吉の城は大坂夏の陣で残念ながら焼失してしまいましたが、徳川幕府は豊臣秀吉の城を土を盛ってすっぽり隠すような壮大な石垣を築き、徳川家の西日本における本拠と位置づけたのです。

 

明治になって、大坂は名称を大阪と変え、昭和天皇の即位の御大典を祝って大坂城の天守閣が多くの市民の寄付で再建されました。これは鉄筋コンクリートづくりの復興天守の走りです。この天守閣は、徳川氏が築いた天守台の上に築かれたのですが、デザインは豊臣時代と徳川式のミックスとなっています。破風の華麗なデザインは豊臣時代のものですが、そのころの天守はもう少し小さく、小天守や回廊がついた複雑な形でもありました。

 

しかも、壁は漆塗りの黒いもので、ちょうどいまの伏見桃山城のような印象でした。一方、江戸時代の天守閣は、名古屋城のような白くてすっきりしたもので、破風も小さく控え目なものでした。そういう意味では歴史考証からいえばずいぶんと変なものなのですが、華麗さと清楚さをうまく調和させたポストモダン的な「名建築」だったという声も多く聞かれます。

 

大阪でのイベントと聞いて思い出されるのは、やはり何と言っても1970年の大阪万博。総入場者6421万人を記録したあのころは、日本人がいちばん幸せで充実感をもっていた時代として記憶されています。現在はハリウッド映画に題材を取ったユニバーサル・スタジオも好調で、東京ディズニーランドに対抗してアジアの人たちを大阪へ引きつけることに成功しています。

 

大阪人は現実的で、見栄や格好をつけるために実際的な効用を犠牲にしようとはと思いません。海外の高級ブランド店では大阪から来たであろうおばちゃん達を見かけることがありますが、ものすごい買い物の量なのは間違いないのですが、実は自分の分だけではなく、知り合いから頼まれて現地価格と日本価格の真ん中で売る約束になっているという話も聞きます。

 

これが東京人に話しなら手間賃をとって友人に物を売るなど考えられない話なのですが、大阪では「どっちにとっても得やんか」の一言で通ってしまうのです。

 

知っている方も多いかも知れませんが実はカラオケも大阪から広まったのですが、よその地方の人なら「オーケストラをバックに歌うなんて恥ずかしい」というところを、浪速人にとっては「ええ気持ちやでぇ」ということでたちまち受け入れられたようです。

 

ミナミの「かに道楽の動くカニの看板にしてもあんな分かりやすい広告は全国見渡してもなかなか見かけません。こんな雑然としたパワーは少なくともアジアの中ではユニバーサルな感覚なのでしょう。そのため、中国へ進出しても大阪の企業は違和感なく仕事ができるし、逆にアジアへ進出する東京の企業人には「大阪で成功するのと同じに考えたら間違いありませんよ」ということになっているのです。

 

しかし、人情を大事にするというのも、また、大阪人の良い一面です。弱い人間がいろいろな人に助けられながら成功したり幸せな家庭を作っていくというのが大阪の人はとても好きなのです。

 

阪神タイガース・ファンが求めているのはまさにそこで、一世紀に一度くらい間違って優勝してくれるのもうれしいですが、最下位になったりお家騒動を起こしたりしても、それはそれで楽しむのがこの阪神タイガースという球団のファンなのです。

 

大阪人らしい大阪人ということでは、元プロ野球の清原和博さんや元プロボクサーで俳優の赤井英和さんの名前が挙がるのではないでしょうか。ギンギラギンの大阪的感覚を発散させているのが清原和博さんで、人情の町、浪速の代表が赤井英和さんです。

 

「吉兆」や「なだ万」といった東京で最高級の料亭が大阪を発祥の地としていることからも分かる通り、関西料理は実は日本料理の最高峰なのです。しかし、それとともに、大阪は焼き肉、しゃぶしゃぶ、フグ、お好み焼、たこ焼き、キツネうどん、串揚げといったB級グルメの天国。庶民でもお金がないならないなりに少しでもうまいものを食ってやろうという執念が生んだ傑作群でしょう。

 

大阪府は旧河内国、和泉国に、摂津国の東半分を加えてなっています。このうち、和泉国はもともと河内から分かれてできました。河内や和泉の激しい活力の象徴は、その言葉であり、死者まで頻繁に出る岸和田のだんじり祭りなのです。

 

また、この地域の他に北部は門真・守口の松下電器産業やサンヨー、それに東大阪の町工場に象徴されるように、日本の機械工業を支える技術集積を持つ地域でもあります。大阪湾南部の沖合にできた関西空港のターミナルはポンピドー・センターで名を馳せたイタリアの建築家レンゾ・ピアノの作品ですが、日本にある空港で唯一、美しさと快適さを感じさせる傑作と言われています。